カテゴリー「小泉小太郎」の記事

2008年9月15日 (月)

岩鼻(半過岩鼻)

今日は上田市民なら誰でも馴染み深い名勝である岩鼻(半過岩鼻)について紹介します。

Iwabana

正面の巨大な崖が岩鼻です。崖に大穴が開いている様子が、鼻とそっくりなのでこの名があります。
ちなみに岩鼻の手前に川が流れていますが、これは千曲川です。

Iwabana2

岩鼻に近寄ってみると物凄い大崖であることが分かります。

この崖はひん岩という岩石からできているのですが、性質がもろいせいかよく崩落します。岩鼻の崖下を国道18号線バイパスが走っていますので、台風等が来るたびに通行止めになります。現在も補修工事をしているようでして、来年(平成21年3月)まで全面通行止めとなっています。

この岩鼻の奇景がどうやって出来たかと言うと、千曲川の浸食作用です。崖の大穴は、その昔にこの高さに川の流れがあり、勢い良く川の流れがぶつかることによって崖が抉られて出来ました。岩鼻の穴から現在の千曲川まで数十メートルの高低差がありますが、そこまで千曲川が地面を掘り下げたということです。

もっとも、更に昔は千曲川の位置はもっと高く、岩鼻の崖上に千曲川の河原があったようです。岩鼻の崖上にまで車で登ることが出来まして、そこに千曲公園という小さな公園がありますが、そのあたりに落ちている石は河床礫と言って河原に落ちている石と同じなのです。

Chikuma1

これが千曲公園です。写真はありませんが、このあたりの小石は丸みを帯びており、確かに河原で見る石そのものです。

ちなみに公園という名の通りにすべり台等の若干の遊戯設備もありますが、千曲公園の名物は何と言ってもその景色です。

Chikuma2

断崖絶壁の上ですので見晴らしはすばらしく、上田市から坂城町までぐるっと見渡すことが出来ます。

ところで、武田信玄は村上義清に手痛い二度の敗戦をしていますが、先にご紹介した砥石城での敗戦ともう一つが上田原の合戦でして、この上田原合戦において千曲公園の近くに村上義清が本陣を張ったと伝わっています。上の写真では手元左手の方に橋があり、そこから写真右の方に向かって道路が延びていますが、ちょうどその辺が上田原合戦場であったようです。
まさに上田原合戦の全てを見渡せるこの景色をフル活用し、村上義清は武田信玄に打ち勝つことが出来たのでしょう。小泉小太郎の子孫である小泉氏もこの合戦に村上方として参加していますし、岩鼻のあたりまで小泉氏のホームグラウンドですので、上田原合戦における村上義清の作戦に、地形を熟知した小泉氏の貢献は大きかったと思います。

大自然の巨大な力を活用するも、逆に手痛い大打撃を被るのも、全ては人間次第です。まず自然の在り方を知ることこそ重要なのではないのか。岩鼻の奇景からそんなことを感じてしまいます。

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2008年8月 5日 (火)

龍の子太郎と真田昌幸

龍の子太郎と真田昌幸。片や伝説の主人公、片や真田氏中興の祖でして一見何の関連も無さそうですが、実はこの両者は上田城で繋がりがあります。

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2008年7月22日 (火)

蛇骨石とオオムラサキ

蛇骨石は「じゃこつせき」と読みます。鞍ケ淵の川辺で見つかりますので、小泉小太郎の母竜が死んだあとの骨であると言い伝えられています。

Jyakotsuishi

この白い破片が蛇骨石です。大きなものは人のこぶし大になるようですが、写真くらいの大きさの破片でしたらいくらでも見つかります。もっとも、鞍ケ淵よりも数百メートル上流の沢山湖付近の崖下の方が見つけやすいと思います。

実は、蛇骨石の正体は骨ではなく、沸石(灰沸石)とよばれる鉱物です。英名ではゼオライトと呼ばれる鉱物群の一種で安定性が高い為、化学実験でもよく用いられますし、工業的にも頻繁に使用されます。

そう言ってしまうと何となく有り難味が薄れてしまいますが、蛇骨石が産出する鞍ケ淵一帯の重苦しい凄みを考えますと、これは沸石などではなく伝説の竜の骨なのだと思いたくなってしまいます。

ところで、鞍ケ淵付近ではオオムラサキが何匹も飛んでいました。先週まではあまりオオムラサキの姿を見ませんでしたので、梅雨明けの強い日差しと相まって、いよいよ夏本番の到来を感じさせてくれます。

Oomurasaki

キツネか何かの獣の糞にオオムラサキが止まっているところです(食事中の方が居ましたら、すみません)。蝶の中には汚物に集まる習性を持つものも多く、特に樹液に集まる性質のあるチョウにその傾向が強いようです。

写真のオオムラサキは、いきなり足元から飛び立ったのでかなりびっくりさせられました。しかし、いったん飛び立ってもオオムラサキはあまり人を恐れませんので、大抵すぐに舞い戻ってきます。食事しているものは少々汚いですが、こういった堂々たるオオムラサキの態度はさすが国蝶と思わせる風格があります。

重苦しい雰囲気の鞍ケ淵でオオムラサキの元気いっぱいな姿を見ますと、何となく救われた気分になりました。

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2008年7月19日 (土)

鞍ケ淵

小泉小太郎伝説で、小太郎生誕の地とされているのがこの鞍ケ淵です(位置)。

もっとも地元以外の方ですと、小泉小太郎よりも、龍の子太郎と言った方がご存知の方が多いかもしれません(アニメ「まんが日本昔ばなし」のオープニングアニメーションで、竜の上に子供がまたがっていましたが、それが龍の子太郎です)。龍の子太郎は小泉小太郎をモチーフにして戦後に作られた童話なのです(松本の泉小太郎伝説も、龍の子太郎の作者は参考にしたようです)。

小泉小太郎の話は上田マルチメディア情報センターのホームページが詳しいですので、参考にしてみて下さい(小泉小太郎物語)。

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これが鞍ケ淵の渓谷です。小太郎の母親が潜んでいたと伝えられている渓谷で、昼なお薄暗くひんやりとした場所です。確かに大蛇や竜が潜んでいてもおかしくない、と思わせるような淀んだ凄みがあります。

Kuragafuchi 

これが鞍岩と呼ばれる大岩で、この渓谷が鞍ケ淵と呼ばれる所以です。鞍岩は、写真の通りにちょうど橋のように渓谷の川を横断するような形で鎮座しています。この鞍岩の上で母竜が小太郎を産み落としたと伝えられており、それにちなんで、この川は産川(さんがわ)と呼ばれています。

上田の人でも、龍の子太郎の話は聞いたことはあっても、その舞台が上田だということを知らない人が多いと思います。訪れる人も少ない隠れ観光スポットですが、それだけに伝説の世界に浸れる雰囲気がよく残っていると思います。

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