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2011年12月

2011年12月 5日 (月)

上田城の櫓と飯島商店

Uedajyo

上田城址と言えば上田の代名詞的存在ですし、徳川に最後まで抵抗した名将真田昌幸・幸村・真田十勇士の本拠地として、今も昔も変わらない人気を誇っています。

その上田城と飯島商店ですが、実は大いに関係があるのです。
古老はさておき、今では地元の人間ですら知らない人が多いようですので、改めてその経緯について説明いたします。

上田城の南櫓と北櫓は、明治時代に民間へと二束三文で払い下げられて移築され、何と遊郭として使用されていたのです。全国にその名を馳せる名城上田城も、明治維新の混乱期にあっては単なる空き屋同然の扱いを受けていたのです。

初代社長の飯島新三郎は、このままではきっと後世に悔いを残すことになると危機感を覚えました。
彼は飯島商店のみならず多方面の業界・業態に事業展開した進歩的な人間でしたが、同時に古きものの不朽の価値とその保存の重要性を理解していたのです。

新三郎は上田城保存会を設立。会長を上田市長とし、自分は副会長・建築委員長となりました。
そうして市民を巻き込んで、櫓を上田城に戻そうと運動し続けました。市民有志からの募金とともに、自らも相当額の資金と時間を復旧運動に注いだと伝え聞いています。

こうして大戦後の昭和24年、ようやくに上田城南櫓と北櫓は元の位置に戻ったのです。新三郎の上田城保存活動への熱の入れ方は並大抵のものではなかったようで、新三郎の息子の二代目社長飯島春三より、その当時の話はよく聞かされたものです。

かくして、今の上田城があります。
上田を訪れる観光客の大半が立ち寄る上田城ですが、今の姿があるまでこのような経緯があり、飯島商店と飯島新三郎が深く関わっているのです。

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