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2009年11月

2009年11月 7日 (土)

三宝柑の農場視察に行ってきました

和歌山県田辺市へと三宝柑の農場視察に行ってきました。

Sanpo1

Sanpo2

天候に恵まれて視察日和といったところでした。いつもながら、秋も深まり冬の足音聞こえる信州とは違い初秋を思わせる気候でして、この温暖さはうらやましくなるなることがあります。

さて、三宝柑の状況ですが、今年は非常に果皮に傷が多いです。

Sanpo3

Sanpo4

こういった感じの傷のある実があまりに多く、事前情報はあったものの少々びっくりしています。

なぜこのように傷が多いのかと言いますと、今年の5月に紀南地方を襲った暴風、7月のゲリラ豪雨、最近記憶に新しい台風18号と、異常なまでの災害続きだったせいです。
(7月のゲリラ豪雨の新聞記事がこちらにあります)

Takao

上の山の写真を見ると、山の中央付近に縦に一本白い筋が見えますが、これが7月のゲリラ豪雨で死者を出した土石流の跡です。

Takao2

土石流発生現場は4か月経った今もこのようになっていまして、自然災害の爪痕が生々しく残っています。

加えて、今年の8月以降の大干ばつ(田辺市では50日間、まったく降雨が無かったそうです)のせいで、三宝柑の実の大きさは異常に小さく、福居袋にできそうなサイズのものは数えるほどしか無い状況です。まったくもって、あまりの前例の無いひどい状況に頭を抱えるばかりです。

今年の三宝柑福居袋は例年よりも遅れて12月に入ってからの発売となりそうですが、自然災害と異常気象の影響は免れませんでして、その後の収穫の見込みは今のところ全く不透明といったところです。

すべての農作物に言えることですが、天候の影響ばかりはどうしようもありません。今年の三宝柑福居袋は皮に傷が多いものとなってしまい、お客様にご迷惑をおかけすることになってしまうことが予想されますが、なにとぞこのような産地状況をご理解いただきたくお願いいたします。

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2009年11月 2日 (月)

小鍋立の湯

丸子町の砂原峠に小鍋立(こなべだて)の湯という温泉跡があります。

Konabedate1

以前は皮膚疾患に効く温泉ということで湯屋もあったそうですが、いつの頃からか今のような更地になっています。

Konabedate2

こちらが湧き出している温泉の井戸だということです。鉱泉ですので暖かくはありませんが、底の方から断続的に泡が吹き出している様を見ると、何となく温泉ぽい感じが湧きます。

さて、この「小鍋立」の名前の由来ですが、伝説があります。ちょっと調べてみましたが、インターネット上に情報がありませんでしたので、私が聞いたところの伝説の概要を紹介してみます。

昔、砂原峠に山姥が住んでいました。恐ろしい顔をした山姥がふもとの村々に悪さをするので、村人たちはとても恐れていました。
そのうち、山姥は村から娘を一人さらって来て、自分の召使としてこき使い始めました。娘は山姥が恐ろしいもので、逃げ帰ることも出来ずに山姥の言う通りにするしかありません。
そうこうしてある時、山姥が娘を一人置いて家を留守にする日がありました。娘は食べるものもろくに与えられていませんでしたので、鬼の居ぬ間にということで、米やら野菜やらを入れて鍋を作り始めました。
さて鍋が出来上がりさあ食べよう、という時に鬼婆が家に戻ってきてしまったのです。見つかれば殺されると思った娘は、とっさに鍋ごと井戸に放り込んでその場をやり過ごしました。
ところが、その井戸の水で毎日のお風呂や炊事をしているうちに、不思議なことにあばたやできものだらけだった山姥の顔がつるつるとしてきたのです。そうなってくると日に日に山姥の心もおだやかになり、いつしか人の良いお婆さんになってしまったのです。
こうして、娘とお婆さんは二人仲良く湯屋を始め、ふもとの村々からのお客でたいそう繁盛したそうです。

というようなお話でして、小鍋立の湯が皮膚病に効くというところから作られたものなのかも知れません。山姥すら人の良いお婆さんになってしまう、という話はなかなかに微笑ましく、楽しいお話です。

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