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2009年9月

2009年9月27日 (日)

コンコードの加工が始まりました

いよいよぶどうコンコードが完熟し、昨日から収穫されて果実加工が始まりました。

Conc

入荷したコンコードです。
ナイヤガラ加工の時にも感じていたのですが、今年のブドウは完熟しても酸味が残る傾向があるようです。私どものようなジャムやみすゞ飴のような加工原料としては、この酸味が製品に爽やかさを加えてくれるので良いのですが、ワイン原料としては今年のブドウは少々使いづらいのではないでしょうか。

それにしても、今年のコンコードは粒が小さく軸が折れやすいので、実もぎ(ブドウの粒を軸から外す作業)が大変です。昨日の実もぎ作業はかなり難航し、予想外に時間がかかってしまいました。味の面もさることながら、作業性の面でも、生き物である果物は毎年様子が全く違ってくるのが難しいところです。

土日返上でコンコード加工となりますが、美味しいジャムやみすゞ飴になるよう頑張って加工したいと思います。

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2009年9月21日 (月)

狐塚

丸子町の蛍の名所で有名な狐塚ですが、この狐塚という地名の由来となった塚があります。その名も狐塚でして、今もその塚と狐を祀った稲荷神社が残っています。

Kitsunezuka2

こちらが狐塚の稲荷神社でして、向陽院という比較的大きなお寺の横にあります。

Kitsunezuka3

稲荷神社らしく、本殿にはたくさんの狐の焼き物が奉納されています。

さて、狐塚がなぜそのような名になったかと言いますと、これには伝説があります。インターネットで検索してみましたがあまり詳細なものがありませんので、伝説の概略を紹介しておきます。

昔々、この地を治めていた偉い人のお墓(塚)に、いつのころからか白狐が住みつきました。この白狐は人をだましたりすることもありませんでしたので、村の人たちはお犬様と呼んで大切にしていました。それどころか、村に悪いことが起こる前の日には決まって、白狐が鳴いて歩き回って村中にそのことを知らせてくれていました。
村中が大火事になった前の晩も白狐が鳴いて知らせてくれたもので、村の人はだれも死ぬことが無かったそうです。
そんなわけで、この村を狐塚と呼ぶようになったのです。

というようなお話でして、狐が村の吉事・凶事を知らせてくれるという狐信仰の類型と考えられます。また、古墳に異界の者が住みつく、という伝説も全国的に数多くみられまして、上田にも塚穴の主が膳や椀を貸してくれる、という椀貸し伝説もいくつか見られます。

Kitsunezuka

これが伝説の舞台の狐塚でして、稲荷神社本殿の裏にあります。今こうして見ると、ちょっと小さすぎて狐が住みつくには心もとないような気もしますが、稲荷神社の立派さを考えても、伝説の白狐が村人の信仰を集めていたことを偲ぶことができます。

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2009年9月19日 (土)

ナイヤガラが入荷・加工しました

本日ナイヤガラが入荷し、加工しました。

Nia

今年のナイヤガラは全体的に粒が小さく、軸から実をもぐ作業にてこずりました。しかし、味・香りはなかなかのものでして、今年のナイヤガラジャムは濃いめの風味に仕上がりそうです。

ナイヤガラは今日一日で加工完了できましたが、来週はいよいよコンコード加工になります。とりあえずナイヤガラの品質が上々でしたので、コンコードの品質も期待できそうです。

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2009年9月15日 (火)

毘邪王の鬼石(実相院)

角間渓谷で少し紹介しましたが、角間渓谷の鬼「毘邪(ひや)王」は、坂上田村麻呂に捕まった後に真田町傍陽の実相院というお寺の松の木に鎖でくくり付けられたと言われています。

Jissouin

実相院の入口にある石柱に「金縄山実相院」とありますが、この金縄(きんじょう)とは毘邪王がくくりつけられた鎖に由来すると言われています。

さて、松にくくり付けられた毘邪王ですが、あまりに暴れて泣き叫ぶもので、その声で近隣の人々は夜も眠れないほどだったとのことです。そこで仕方が無く、松にくくりつけたまま毘邪王を殺したと言い伝えられています。毘邪王のなきがらはその場に埋められ、墓所に鬼石を鎮めとして祀っている、とのことです。

Oniishi

多宝塔が乗っている岩が鬼石です。実相院の本堂の横にあります。

毘邪王をくくりつけた松の木を鬼松と言って、鬼石の傍らにあったと言い伝えられていますが、長い歳月の間にたびたび枯死しては植え替えられまして、今ある鬼松は昭和31年に植えられた四代目だそうです。

Onimatsu

植え替えられて間もない松の木ですので、まだまだ歴史の重みを感じさせるような姿ではありませんが、このような形で脈々と伝説の木が受け継がれているのは興味深いところです。

また、毘邪王が退治された後も、その天地を揺るがさんばかりの暴れようの後遺症で、近隣の村人に歯が痛くなる人がたくさん出たそうです。そこでこれは毘邪王の祟りだとして、鬼石の傍らにお地蔵様をお祀りしたところ、ぴたりと歯痛が止んだとの伝説もあります。
このお地蔵様も実相院の敷地内に「鬼松地蔵尊」という名で現存していまして、地蔵堂の中に大切に祀られています(上の鬼石の写真の石造多宝塔の後ろに写っているお堂が、その地蔵堂です)。

Jizoudou

Jizou

地蔵堂と、中に祀られている鬼松地蔵尊です。

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2009年9月14日 (月)

ルバーブの収穫に行ってきました

先にお伝えしましたように、秋季のルバーブの収穫量が思った以上に確保できませんでしたので、急きょ異例となる年3回目の収穫を行いました。

Ruburb1

ルバーブの成長は思ったよりも良好でして、収穫できそうなくらいに太く育った茎がかなりあります。今回は生産者の方が都合により収穫作業することができませんでしたので、飯島商店の社員で収穫を行いました。

Ruburb2

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ルバーブの収穫をするのは初めての者ばかりでしたので、かなり悪戦苦闘しましたが、なんとか一日かけてルバーブ畑の全ての収穫を終了できました。

Ruburb3

美味しいジャムにして皆様へとお届けしたいと思います。

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2009年9月11日 (金)

ぶどう(コンコード・ナイヤガラ)の視察に行って来ました

塩尻市へとぶどうの入荷打ち合わせに行ってきました。
今年は7月の低温傾向の影響で、全体的に熟度の進行が遅れているようです。

Concord1

Concord2

こちらはコンコード畑と実の様子です。遠目で見ると黒々と良い色に見えるコンコードですが、近くで見ると写真のようにぽつぽつと未熟な赤実が目立ちます。

Concord3

見た目ではこのように良い色になっている実も、食べてみるとまだまだ酸味が強くて風味が出ていないです。

Niagara1

Niagara2

こちらはナイヤガラ畑と実の様子です。ナイヤガラの方はやや熟度が進んでいまして、果肉に甘さと香りが出てきています。ですが、例年に比べるとやはり熟度の進み具合は遅いような印象です。

ただし、このところの晴天続きで気温が上昇していますので、熟度の遅れはこれから挽回されていきそうな予想です。

昨年もぶどうがなかなか熟さない年でしたが、今年は夏が熱く秋口に急に多雨になり低温傾向になった昨年とは全く逆の気候です。今年のような年は熟度の進行が遅れていると言っても、ぶどうの味は良好なものになりそうです。
収穫は昨年よりも数日程度の遅れになる予想です。今年のぶどうの出来が楽しみです。

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2009年9月 1日 (火)

真楽寺大池(甲賀三郎伝説)

東信地方に伝わる竜伝説で、小泉小太郎伝説と並んで有名なものに甲賀三郎伝説があります。伝説の内容はこちらに詳しく載っていますのでご参考ください。

甲賀三郎が地底の都から這い出て、現世に竜の姿となって戻って来た場所が、御代田町にある真楽寺の大池であると伝わっています。

Saburou1

うっそうと茂る林を水鏡に映した大池は、なかなかに神秘的な景観です。

Saburou3

池からはこんこんと清冽な湧水が湧出していまして、水は非常にきれいです。この湧き水はいかなる干ばつのときにも涸れることが無く、地域の灌漑用水として昔から大切にされてきたそうです。
ちなみに写真上の方にセリが写っていますが、聖徳太子が真楽寺を訪れた際に、このセリの見事さに見入ったとの伝説も残っています。

Saburou4

竜伝説の地らしく、竜の小さな像もあります。

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池の岸辺にある、竜を祀った祠です。

さて伝説では、竜となった甲賀三郎は諏訪湖に安住することになるわけですが、それはつまり甲賀三郎と諏訪神である健御名方命(たけみなかたのみこと)を同一視しているわけです。御代田も含めて佐久地方は和田峠を越えれば諏訪ですので、古来から諏訪と密接なつながりがあったのは間違いないところです。

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Saburou7

こちらは真楽寺敷地内にある水分(みずわけ)神社という神社です。祭神はやはり健御名方命でして、甲賀三郎と同一人物であることの裏付けとなっています。
ちなみに、 「たけみなかた」の「みな」は「水」を表し、水神であることを示しているとする説もあります。

有名な伝説の地でありながら案内板等が見当たりませんでしたが、三重塔のすぐ下の大きな池ですのですぐに分かります。

Shinrakuji

左が江戸時代に再建された三重塔、右が神代杉と言って真楽寺のご神木です。大池はこのすぐ下の参道を下ったところ、水分神社は三重塔の脇の石段を上ったところにあります。

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