« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月29日 (水)

赤すももの状況(真田町)

このところの長雨の影響が心配されるところでしたので、真田町の畑へと赤すももの状態を見に行ってきました。

Sumomo1

実の付き具合で言えば、例年の3分の2程度といった感じです。低温傾向による熟度の遅れは今のところ大丈夫そうですし、降雨過多による裂果(果皮が破裂して果肉が露出して腐ってしまう現象です)も今のところはほとんど見られませんでした。

Sumomo2

Sumomo3

実付きの悪さは頭の痛いところですが、この段階で降雨が収まってくれれば何とかなりそうなレベルだと言えます。もっとも、今後も日本列島に梅雨前線がしつこく居座るとの予想ですし、不安材料でいっぱいのところです。

今年の長雨の影響が、既に葉物野菜類では顕著に出始めているようです。果物もこの日照不足と降雨過多で、味に影響が出て来ているとの話もあります。
飯島商店では、お盆明けに赤すももと山根白桃の収穫と加工になりますが、せめて8月に入ってからはカラっと晴れてくれないものかと、今日もどんよりと曇った空を見上げて恨めしく思っております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月21日 (火)

志賀高原のヒカリゴケ

国の天然記念物に指定されている佐久岩村田のヒカリゴケは以前紹介しましたが、スキーのメッカである志賀高原も知る人ぞ知るヒカリゴケの豊産地です。

Hikari1

Hikari2

Hikari3

さすがに岩村田のヒカリゴケのように固まって大群落を作っているということはありませんが、木のウロや岩陰を覗くとかなりの確率でヒカリゴケを確認することができます。保護柵などはありませんので、手が届く範囲で観察することができますし、迫力としては岩村田よりも上と言えるかもしれません。
写真のものは大沼池入口のバス停付近で撮影したヒカリゴケですが、このあたり一帯のジメジメした日蔭には特に多く見られます。

ところで、冬の志賀高原も良いですが、夏の志賀高原も色々な見どころがあるものです。
これは澗満滝と言って、長野県内でも屈指の大瀑布です。

Kanman

Kanman2

澗満滝は国道292号線途中の展望台から見ることができます。遠目で見るだけですが、それでも迫力は伝わってくると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

弘法のさかさ杖(東御市地蔵峠)

東御市側から地蔵峠を登って行って、ツツジの湯の丸高原へと行く途中に、弘法のさかさ杖と呼ばれているシナノキの巨木があります。地蔵峠はその名の通り峠道沿いにに石仏が点々と設置してありまして、ふもとから頂上に向かって番号がふってあります。弘法のさかさ杖は、ちょうど五十番目にあたる石仏のところです。

Sakasa

逆さ杖の伝説の内容は、近くの案内板にあるとおりです。

Sakasa3

逆さ杖の伝説は各地域の大木にまつわる伝説として数多くの類型が見られるパターンでして、先に紹介した石芋伝説と並んで全国各地に広く分布しています(沓掛の石芋の青木村にも、弘法の逆さ杖と呼ばれている大木があります)。
逆さ杖の伝説自体が珍しいわけではありませんが、案内板の通りに、この大木がシナノキであるということに面白さがあります。

シナノキは一説によると、「信濃」の語源になっているとされています(シナノを科野とも表記します)。その説によると、シナノキの皮から盛んに繊維をとっており、その繊維で作った織り物が信濃国の経済を支えていたようです。信濃国から送られた大和朝廷への献上品の中に科野布と呼ばれる織物が数多くあったことが記録されていますが、これはシナノキの織物であるとする説もあります。

いずれにせよ、信州において昔からシナノキが重要な位置づけにあったことは間違いなさそうですし、それは弘法大師が生まれる遥か前からずっと続いてきた歴史なのです。

Sakasa2

シナノキの太い幹を見上げて、そんな歴史ロマンに想いを馳せるのも楽しいと思います。

続きを読む "弘法のさかさ杖(東御市地蔵峠)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 6日 (月)

湯の丸高原のツツジ

東御市の地蔵峠を登りきったところにある湯の丸高原スキー場にはレンゲツツジの大群落がありまして、6月下旬~7月上旬にかけての開花時には観光客で賑わいます。

Tsutsuji1

Tsutsuji4

Tsutsuji2

昨日の時点では開花のピークを過ぎて、散りはじめといった感じです。先週末くらいが見頃だったのでしょうか。ツツジ祭りも昨日で終了してしまいましたが、山肌が真っ赤に燃えているような一面のツツジはなかなかに見ものですので、一度足を運んでみられると良いと思います。

ところでこのツツジの大群落には、以前に紹介しました太郎山のツツジの乙女とまったく類型の悲恋伝説があります。乙女と若者の住まいが祢津村(現在の東御市祢津)と嬬恋村という地蔵峠を挟んだ村々へと舞台を移しているだけの違いでして、ツツジの乙女の伝説が湯の丸のツツジへと伝播したのではないかとも考えられています。
ただ、湯の丸高原のツツジの大群落は太郎山のものよりもスケールが格段に大きいですし、美しさも別格ですので、どこが伝説のオリジナルなのかと探るのも野暮というものかも知れません。

いずれにせよ、人々の生活の隣に常に自然があり、そこにストーリー性を創造して行った昔の人たちの感受性には学ぶべきところが多いと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »